金色のお坊さん
カテゴリ:日記

 

 先日のこと。目的地の駅で降りるべく、俺は新幹線の座席を立った。

 

 新幹線では「まもなくXXXXに到着〜」というアナウンスが放送されてからホームに到着するまでに数分の間がある。この間が座を立つのをとても難しくしているのだけれども、まあ、早く降りねばと焦るでもなく、そそくさとデッキに向かう気の早い乗客をあざ笑うでもなく、それこそアルデンテみたいなタイミングで席を立てたらいいなぁと思うけれども、これが結構難しい。新幹線に乗客を吐きだしたいという意欲、擬人化して例えるならば便意のような意欲があるとしたらば、その高まりを読み取って、スポンと排泄されてみたい、みたいなことだ。よくわからんけど。

 

 ところがまあ、せっかちなヤツもいればのんびりした人間もいる。名古屋が目的地ならば、それこそ豊橋くらいからデッキで待たないと気が済まないっつうくらい気の早いヤツもいる。例えば、アジカンの山ちゃんは件の車内放送が入ったときにはすでにデッキにいることが多いような気がする。おそらく、三河安城を過ぎると放送される「この列車は三河安城駅を通過しました。およそXX分で名古屋駅に〜」というような車掌のアナウンスを元に逆算しているか、そうでないとしたらば脅威の記憶術で車外の樹木、ビルディング、標識、信号などのありとあらゆるランドマークを元に判断しているのだろう。気ぃ早っっ!!と俺は毎度思う。

 

 この日の俺は新幹線に漂う「便意」的な空気を絶妙に読んで、早くもなく遅くもないタイミングでデッキへ向かった。デッキへの通路には降りるための時間を予測して早めに移動した小さなお子さんを連れの家族と、せっかちなオッサンがおり、それぞれ右と左に寄っていたので、俺は自分の乗っていた車両に背を向けて、次の号車を向くようにしてオッサン側の出入り口に寄りかかって到着を待った。新幹線はゆっくりと減速していった。

 

 しばらくすると、肩にかけていたバッグからクン、クン、と押されるような圧を感じた。振り返ると黄金色の装束を纏ったお坊さんだった。金色っていうことは徳が高いのかしらと、よく知らないけれども尊敬のような畏怖のような気持ちが立ち上がったけれども、デッキは家族とオッサンで埋まっているし、これ以上詰めてもホームに降りる時間にさして影響はないはずなので、俺は仏罰を恐れながらもクン、クン、を無視した。なかったことにした。まあ、金色の装束を着るようなお坊さんであるからして、俺越しに見える家族連れを考えれば、これ以上デッキに詰めても云々ということは瞬時に理解してくれることだろうと思った。

 

 ところが、間髪入れずにクン、クン、と坊さんが再度俺に圧を加えてきたので、これは何か理由があるのだろうと思って振り返り金色の坊さんを注視すると、坊さんは弁当のゴミを屑篭に入れたいらしく、その袋を持ち上げて「これですねん」みたいな顔をしていた。それは大変に失礼しましたと、俺は恐縮しながら通路のオッサン側のほうに少し進んでスペースを空けて、坊さんが通り抜けるスペースを用意した。金色の坊さんはニコニコしながら、俺の横をすり抜けてデッキの屑篭にゴミを捨て、自席に戻っていった。さすが、徳の高い坊さんは紳士的だなぁと感心し、同時に通路は塞いだらいかんなぁと反省した。

 

 そうこうしていると、新幹線は駅に滑り込みはじめた。車窓から察するにオッサンの側のドアが開く感じだったので、俺はオッサンの後ろに並んで、列車が止まるのを待った。

 

 するとまた、クン、クン、と俺のバッグに圧があった。まだ新幹線が完全に停止するのには十数秒はあるはずだったので、そのクン、クン、を俺は無視した。なぜならば、こんなタイミングで押されても実際の降車までには時間があるし、新幹線の特性を考えると、ここで前に詰めたところで所要時間が大して変わったりしないし、なによりも俺はもうそこそこにオッサンの側まで詰めていたからだった。せっかちなヤツだなぁと思った。それでも、クン、クン、が止むことがなかった。なんだよ、誰だよ、もう詰められねーし、まだ着かねーよ、と振り向くと、そこには金色の坊主が立っていた。

 

 

2015-10-04 1443911920
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