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俺は饂飩が好きなので、よく饂飩屋に行く。饂飩はサクっと食べられるので、作業の中断時間を短縮できるというメリットもある。ゆっくりゆったりランチをとっていると、なんというか、音楽的な作業に対する熱意が徐々にランチに対する何かしらの感情に変異して、ホットコーヒーと共に飲み下してしまうことになる。そうなると午後からの作業はもういいかなぁとなってしまって、スタジオでレコードを聴いたり読書をしたり、昼寝をしたり、ということになってしまう。饂飩屋の場合は混雑していても、スっと注文の品が出てくるので、そういうことにはならないのだ。
ところが、どうしたわけか、昼の混雑時に思い立ったようにセルフサービスの饂飩屋に来て、桶か何かに熱湯ごと盛られた熱々の釜揚げ饂飩を頼む人がいる。もしくは、なんか「今月の饂飩」の中でも出している店側もちょっと煩わしいと思ってるんじゃなかろうかという手のかかるメニューを注文する人がいる。そうすると列の流れが著しく悪くなるので、俺は心の中でみんなもうぶっかけかかけでええやん、みたいに思うのだけれども、何を食べるかは個人の自由なので、そう思ってしまう俺に非がある。なので、このイライラをどうにかして消滅させる努力をする。みんなで楽しく饂飩たべようやー、みたいな気持ちに切り替える。
けれども、俺と同じことを考えているひとも列の中にはいるらしく、後ろのハーフパンツの爺が妙に隙間を詰めてきて、俺の耳元でチェッチェ!チェッチェ!と舌打ちを始めるのだった。当たり前だけれども、誰かの舌打ちの音を聞くと気分が悪くなる。なんか嫌な爺さんだなと思いつつ、さっきまでは同じ理由でイラっとしていた自分が恥ずかしくなった。爺さんのチェッ!に打ち砕かれるべきは俺なんじゃなかろうかと思って、俺も桶一杯に盛られた熱々の釜揚げ饂飩を注文しようかと思ったけれども、すんでのところで思いとどまった。それでも爺さんはチェッチェ!チェッチェ!をやめなかった。
振り返ると爺さんはどうやら、入れ歯の噛み合わせが悪いらしく、数秒に一度その入れ歯を口の中で転がすようにしていい感じのハマりを探している様子だった。爺さんが口をモゴモゴさせるたびに、チェッチェ!という音が鳴っていた。こうして間近で見てみると、チェッチェ!というよりは、ジュッチェ!というような響きで、それはおそらく歯茎から発せられており、全く舌打ちではなかった。別に聖人のような顔ではなかったが、悪意の感じられない、ハーフパンツの爺だった。
二重に申し訳ない気持ちで、俺はかけうどんを注文した。
ハーフパンツの爺はぶっかけうどんだった。