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小学生がごった返す下校時に通学路を散歩していると、向こうのほうから白いロングのパジャマらしき装束を身にまとった長身の爺さんが歩いてきた。俺は近眼なので、まあ、着ている衣服のディティールが遠目には分からないのだけれども、小学生の流れに逆らって歩いてくるノッポの爺さんは異様で、病院から抜け出して徘徊しているのではないかと、大丈夫かなととっさに思った。けれども、小学生はいたって普通で、キャイキャイと爺さんの脇を何事もなく過ぎて行き、爺さんもマイペースに、ヨタヨタと進んでいて、両者に何の緊張感も発生していないところを見ると、まあ、この爺さんは普段からこの時間にこのような出で立ちでフラフラ町内をふらついているのだろうと想像した。
ところが爺さんが近づいてくるにつれて、羽織っている白い装束のフォルムが不自然であることに気がついた。襟首のあたりから、なにかフリフリとしたものが腰にかけてフリフリとしており、なんというか爺さんが着るにはファンシーであったからだ。はっきりと女性物であろうことがわかった。けれども、別に女性物を着るのが悪いかといえばそうではなく、例えばスコットランドでは男性もスカートを履くわけで、フリフリのネグリジェのような衣類を爺さんが着てはいけないという理由はまったくない。そういう凝り固まった価値観でこの爺さんを一瞬でも見てしまったことは、率直におわびしたい。
けれども、なにかこう、陰鬱なノッポの爺さんが下校時に白のフリフリのパジャマを着て通学路を徘徊していると、周囲の風景とのギャップが激しく、なにかタダならないフィーリングを俺は得、爺さんが変人そうなので怖いという怖さでなくて、もっと純喫茶の「純」みたいな意味で、純粋に風景として怖いと思ったのだった。だけれども、このような爺さんが排除されずに、平和的に徘徊できる町もなかなかいいではないかと思った。事実、爺さんははっきりと陰鬱な表情であったけれども、殺意のような邪気は発しておらず、ふんわりと異物だったからで、これがバキバキに鋭利な存在だったらば、先生やPTAの皆さんは大変に心配するだろうけれども、まあ、ええかな、と思えるくらいだったからだ。
異端であること、それを受け入れることは案外難しい。