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アルバム制作。歌詞部門はひとりで担当しているのでとても大変だ。すでに13曲もの新曲を抱えているんだけれども、歌詞が書けているのは3曲のみ。年明けにスタジオやエンジニアを押さえてしまったので、そこまでに完成させなければならない。うわー。もんどり打ちながら、歌詞を書いている。
ソロは割と、“歌”を意識して歌詞を書いている。それに比べてアジカンでは“音”を意識している。アジカンのほうがより、仮歌で作ったメロディや、韻の踏み方を固めに守っていると言えば分かりやすいだろうか。ソロの場合は、発音した時の気持ちよさとかよりも、歌として成立しているのか、言葉を分かってもらえるか、ということに意識を向けて書いていて、アジカンはその逆で、発語したときの気持ちよさが言葉本来の意味よりも優先されている。まあ、優先しているのは俺だけれども。笑。
つまり、アジカンでは「何を言っているのか分からない」と言われてもいいっていう、とても乱暴な判断をしているわけ。ただ、声を出して歌ってみると「これしかないなぁ」という響きだったらいいというか。歌うことで感情が乗ってくる、あるいは膨らんでくるような言葉づかいを探しているというか。
それでも年々技術が上がってきているので(当社比。笑)、昔よりは何を言わんとしているのかは分かりやすくなってきているのではないかと思う。濁すことも多いけれど。手紙を書くのとは少し性質が違うからね。「何を言ってるんだろう」と思って一歩でも半歩でも進んできてくれたときにしか成立しないものだから、詩というものは。表現一般はすべて、そういう性質のものなんだけれども。
飼育員が魚類に餌をあたえるようなことではないから。
その、誰かが僕らの作品に向かって、少しでも手を伸ばしてくれたときに、弾けるような言葉やフィーリングを作品には詰め込んでいるつもり。届かない場合にはただのゴミクズだろうね。あるいは空気のような、無色透明の何かかもしれない。でも、その、誰かが開封してくれるそのときのために、何もかもを賭して書いている。あなたに向けて。
10月22日。