黄金週間の旅行記 後編
カテゴリ:日記

 

 清々しい朝だった。ヘドロのことはもう、ヘの字も心の中には残っていなかった、というのはこのホテルからの景色がすこぶる良かったからで、ポツポツと浮かぶ島々が朝陽に照らされてとても美しかった。朝風呂に行って風景でも眺めながらボーっとしようかと考えたけれど、あのような狭いのに大浴場、一本でも人参みたいな、ちょっと喩えが違うか、まあでもそういう風呂に入るのは止すことにした。他人のキンタマ越しの海、のような光景は朝からキツい。

 

 朝食。そしてチェックアウト。フロントでは村山富市をドリフターズに10年間ブチ込んだようなジイさんが満面の笑みで迎えてくれた。本当に、人柄の良いジイさんだ。俺はゴールデンウィークで大分上乗せされた宿泊費を支払い、領収証をもらってホテルを後にしようとした。するとジイさんが何やらちょっと待ってくれと言う。収入印紙を貼るのを忘れたらしい。まあ、ゴールデンウィーク料金なので、普段は収入印紙を貼らないでも良いような料金設定なのだろうけれど、今週ばかりは慣れない印紙貼りをしないといけないのだろう。ああ、そうですか、と、領収証をジイさんに手渡すと、ジイさんは収入印紙をどこか奥のほうから取り出しきて、突然ベロッベロに舐めはじめた。それはもう丹念に、そんなに舐めたら糊の部分を舐めきってしまって、くっつくものもくっつかなくなるのではないか、そう心配するほどに舐め上げてから、ペタリと印紙を領収証に貼ったのだった。ウワッ!っと思ったが、大人なのでそのウワッ!は飲み込んで、何事もない顔で受け取った。

 

 観光案内所まで、そのジイさんが送ってくれた。

 

 俺は小さなフェリーで、数は百メートル先に見える島に渡ってみることにした。フェリーは数分でその島に着いた。島の案内所で昼飯を食える場所を尋ねると、「予約しないで食える場所は皆無だ」というような返事だったので凹んだ。さぞかし美味しい魚介類が食べられるのだろうと予想していたからだ。仕方がないので、少しだけ島の景色を楽しんでから、一時間後のフェリーで戻ることにした。俺はレンタルサイクル屋で自転車(ママチャリ)を借りて、アシナガバチに追い回されたりしながら適当に島を散策し、ヤドカリの大群が打ち捨てられた南瓜に群がっているところなどを観察し、島を後にした。

 

 さて、どうしたものか。こういう場合は、美味い昼飯を食べるに限る。なんか名物はないかな、ところが、ろくに調べずに来てしまった。でも、これだけ綺麗な海が目の前にあるのだから、魚介は何を食っても美味いに違いない。ここは適当な食堂に入ってしまえ、と、普通のひとはおもうのだけれど、俺はとびっきり美味いものを食いたい気分だ。だから、こういう場合はこの辺りで一番高そうなホテルを狙って、そこのレストランで食事をするのが良いのではないか、ということを思いついて、実行に移した。昼時のホテルのレストランはとても賑わっていた。結婚式などが行われており、鉄板焼きが楽しめる高級レストランには入れなかった。たまの休みくらい贅沢してやろうか、そういう気持ちはここで折られた。仕方ない。

 

 なので、まあ、決して高級ではないが、軽食というにはお値段張りますね、という感じのレストランに並んで入った。ジイさんバアさんのグループが大量に順番待ちをしていたために、およそ20分くらい土産物屋で時間をつぶした。どこでも売っているキティちゃんのキーホルダーとか、よく分からないぬいぐるみとか、車の玩具とか、あれは誰が買うんだろうか、はたまたどこから仕入れるんだろうか、そんなことを考えているうちに順番が来たので、席に座ってメニューを眺めた。シェフのオススメランチがあった。

 

 そうそう!これこれ!こういうのっしょ!と思ってよくよく見てみると、メニューには「本日のオススメ!タンドリーチキン」と書かれていた。海、だぞ、と俺は思った。レストランからは相変わらず美しいここいら一帯の風景を眺めることができたが、タンドリー感はどこからも感じることがなかった。養鶏場のようなものも見かけていない。俺はなんだかまた暗い気持ちになって、仕方がないのでタンドリーチキンは頼まずに、魚介のフライが乗ったカレーを注文した。そして、そのカレーを完食してから、そのまままホテル前で客待ちをしているタクシーに乗り込んで、この町を後にした。

 

 タクシーはヘドロの上と言われている地域を過ぎて、田園のド真ん中の駅に到着。それからしばらく待って在来線に乗り、新幹線から在来線に乗り換えて最寄りの駅まで戻り、近くのスーパーでカツオ刺身を買って帰り、清酒で一杯やってから寝た。良い旅行だった。5月6日。

2013-05-06 1367801640
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