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ずっと気になっていたラーメン屋に行った。
駐車場が見当たらなかったので、偵察がてら駐車場あるか聞いてこいと後輩をパシリに使った。すると、後輩は店から出るなりバッテンを手で描き、車の助手席に乗っている俺に向かって「ヤバイです!」と言った。
ああ、これはマズそうな店だったんだなと了解して、「じゃあ他行こうよ」などと言うやいなや店からオバちゃんが飛び出してきて、次いで店主らしきオッサンも飛び出して、車の誘導を勝手にはじめた。ロックオン!という感じだったので、仕方ないまま誘導に従って、どうみても店とは関係のないマンションの空きスペースに車を止めさせられた。「深夜だったらそこらへん一帯、どこに停めてもいい」という無茶苦茶なことを後輩には言っていたらしい。俺たちはもの凄い貧乏クジを引いたんだと直感して、暗い気持ちなった。
入店すると、カウンターで常連客が飲んでいた。客を残したままオバチャンと店主が道路に出てきたのかと思うと、ますます脳が蕩けるような思いだった。俺たちが期待していたようなラーメン屋ではなくて、そこは中華料理店だった。街道沿いのノボリには確かに「うまいぜ!ラーメン」みたいなことが書いてあったのだけど、なんでもあるタイプの店だった。
俺らは仕方なし、麺がメインの店ではないことを直感したので、適当な定食を頼んでビールやお茶を飲みながら待った。オバちゃんは片言の日本語だったけれど、良い感じの人で、なんか悪い店じゃないじゃん!みたいに、俺たちは明るい気分を取り戻していった。
数分後、そのオバちゃんは厨房に入っていった。中では店主のオッサンが調理している。注文から十分くらい経っているけれど、何か料理が進んだ気配もなく、あたふたしている感はうっすらとカウンターにいる俺らも感じていた。と、いきなりオバちゃんが怒りはじめた。「ヒトリマエのトリニク、ソンナオオキサジャナイデショ!」と手取り足取り調理に指示を出している。どうやら店主はこのオバちゃんで、厨房のオッサンは雇われているような感じだった。オッサンはエプロンの汚れ方、禿げ上がり方からバンダナの撒き方に至るまで完璧に中華料理人という風貌だったので、俺たちは誤解していたらしい。あまりに叱られているので、だんだん悲しくなってしまった。
出てきた料理は普通に旨かった。オバちゃんが怒り出したときには、またギャグみたいな味の料理が出てくると思ったのだけど、そうではなくて安心した。世の中には面白い店が沢山あるもんだなと話しながら、帰った。3月19日。