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電車に乗ると隣の席は80歳くらいの爺様だった。2駅くらいすぎたところで、爺様は突然手のひらが眉間の少し上くらいにくるまで右腕をあげ、何かをかき混ぜるようにクルクルと前後に手を回しはじめた。俺はナヌっ!っと若干爺様から遠のくかたちで仰け反りたかったのだけど、そうすると俺もどこか奇特な動きの人、電車内で爺様と同じチームに入れられてしまうかもしれない。なので、なるべく驚いたように見えないように冷静さを装って、爺様を観察することにした。
5分くらい経っても爺様は車内の何かをかき混ぜ続けていた。視線を一点に据えて何かを塗っているようにも見える。職人のようにも見えなくない。俺は一体その動きがなんなのか、どういうつもりでそんな奇矯な動きを年の瀬の電車内でしているのか爺様に訊ねたくて仕方なかった。だけれども、ここはツイッターみたいな、有名人とか知らない誰かにリプライしとこかしらんというような場所ではなくて、リアルな現実世界であって、まあツイッターだって誰かも分からん人が気軽に話しかけたりするのは変だと思うけども、実際に爺様に「ちょwwおまww何してんのww」みたいな心持ち(脳内のつぶやきとも言う)で持って話しかけるのは失礼極まりない、リハビリとか、鍛錬とか、そういうものかもしれない。何より爺様は虚空のどこか一点に意識を集中し、けっこう厳し目の表情をキープしたまま何かをかき回していて、排他的な雰囲気があって怖い。怖いが、何か真理みたいなもんがこの爺様だけに見えているのかもしれない、というくらい毅然とかき回している様子に、威厳のような、有り難みのようなものが立ち上がって行くように俺は錯覚した。車内の他の人は爺様の存在をなかったことにしている様子だった。確かに、奇矯、ではあった。
電車が進むうちに、俺はだんだんこの爺様が好きになってきてしまった。何をかは知らんが一緒にかき回してみたいな、そんな気持ちになりはじめていた。ところが、俺のそんな想いを見透かしてか、爺様は手をスッとおろし、何ごともなかったかのようにスクっと席を立って電車を降りていってしまった。俺は狐につままれたようなような気持ちになって、何かを心の中で言語化せずにはいられなくて、「年の瀬ですなぁ」と脳内で呟いて溜め息をついた。12月27日。