高齢化社会の闇
カテゴリ:日記

 

 スーパーにて、白髪混じりの髪を横分けにセットした爺さんが「店長を出せ!」とキレていた。なんでも、レジを担当していたアルバイト店員の態度が気に食わないということらしかった。爺さんの買い物カゴにはデカくて安いけど甘そうな日本酒のパックと酒のアテになるようなもんが入っていた。きっと、これから帰って晩酌でもする予定だったのだろう。だけれども、今夜の酒が不味くならないか心配になるほど爺さんは激昂していて、最早誰の手にも負えず、最終的にパートのおばちゃんや社員のオッサンなどにも囲まれて、そうなると爺さんは更にひっこみがつかなくなって火に油、店内は大変なことになっていた。

 

 アルバイト店員はというと、特段態度が悪い感じでもなく、たしかに涼しげな顔立ちではあったけれども不貞腐れて接客することはまずなさそうな風貌だった。アルバイトなど今までしたことがないという感じは確かにあったが、爺さんに詫びを入れる態度に落ち度はないように感じられた。ほとんど言いがかりなのではないか、という気分を申し合わせることなく店内の9割の人間が共有していたはずで、しかも、仲裁に入ったら最後、こちらにまで絡んでくることは必定で、よしなさいと言いたいけれど誰も言えない、そんな空気だった。怒られていたアルバイト店員は、これがはじめてのバイト経験であった場合、今後一切の勤労意欲を失ってニートになってしまうかもしれない。そういう状況だった。

 

 爺さんはどうしてあのように怒ってしまったのだろうか。寂しかったのだろうか。

 

 時間があれば、まあまあまあと割り込んで、いきり立つ爺さんに酒の一杯でも奢ることを約束して店の外へと連れ出し、そこらの蕎麦屋で清酒でも一本つけてもらって、なんでそんなに怒っているのかを聞いてみたかった。ただ、俺にそのような滑らかなコミュニケーションを為す技術があるわけがないので、仮にそう試みたとしても、割って入る段階で最悪の展開になったかもしれない。スーパーの店員に爺さんの一味もしくは親族だと思われて、何故か爺さんではなくて俺がスーパーの支配人かなんかに「いい加減にしろ」とどやされ、爺さんにも余計なことしやがってと言われ、そのくせ一杯奢ると言ったやないかとソバ屋につれて行かれ板わさやら鴨焼きやら出汁巻玉子で清酒を4合くらい飲んでから天ぷらそばなどを爺さんにご馳走するハメになって、泣きながら帰宅するということになったかもしれない。

 

 それを思えば、スーパーでの騒動に首を突っ込まなくて良かったのだけれど、なんとなく、ああいうヒアルロン酸の足りない膝の関節みたいな、石鹸で洗った直後の顔みたいな、そういう潤いのないカッサカサのメンタリティが表出している場面に遭遇してそれを見過ごすと、切ない。なんとかしてやれんかったものかと、少しの後悔を持ってしまう。ミュージシャンなのだから、歌のひとつでも歌ったら良かったのかもしれん。だけれどもあのような緊迫した場所で歌を歌うのは無理だ。率直に持ち歌がないし、あっても緊張して膝がガックンガックンになってしまって、立っているのも難しかったと思う。

 

 しかし、いい歳こいた爺さんが、あんなにも怒るのは不思議でならない。なんかもう、理由が絶対にあるだろうと気になってしまった。徹底的にひとと関わり合わないような生活をしていて、寂しさのあまり怒りみたいな感情を頼りに誰かと会話したかっただけだろうか。それとも、単にクソのように性格の悪い爺さんだったのだろうか。何かを大事なものを喪失してどうにでもなれと、そういう気分だったのかもしれない。本当のところは分からんけれど。

 

 まあでも、高齢化社会に突入しているので、世の中にはいろいろな爺さん婆さんが増えてくるかもしれない。爺さん婆さんの多様性を、もっと受け入れなければならない時代はもうすぐだろう。カツアゲしてくる爺さん、ハーレーダビッドソンに乗る婆さん、爺さんだけの愚連隊、婆さんだらけの窃盗団、漬け物を巻き散らす謎の爺さん、顔にタトゥーの入った婆さん、まあ、とにかく人口に置ける割合が増えるわけで、普段から奇特だけど高齢者ではありえないと思っているようなキャラクターも高齢化してくるかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、店員がどんどん増えていく現場を後にした。11月5日。

2012-11-06 1352207880
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