悲しみのゲンゲ
カテゴリ:日記

 

 富山城趾公園で行われたBEATRAMというフェスティバルに弾語りで参加した。俺が出演したのは「路面電車で行こう」という企画/ステージで、路面電車(トラム)の中で歌うというものだった。滅多やたらにこのような場所で演奏する機会は得られないので、とても嬉しかった。ブッチャーズの吉村さんともセッションした。本当に楽しかった。

 

 路面電車で歌ってみて分かったことは、演奏する場所としてはちょっと笑える程度に揺れるということ、電車の車輪が奏でる不規則なビートが影響してかテンポを取りづらいということだった。なんとなく、いつもよりもBPMが早いように感じてしまう。その原因はよく分からなかった。楽しかったので、とくに気にしてはいないのだけど、とても不思議だった。

 

 

 

 富山空港で飯を食った。立川志の輔がテレビ番組で「いつも寄る」と言っていた定食屋に入った。そこで我々は白海老のかき揚げを乗せた氷見うどん、マスの寿司などを食べた。とても美味しかった。いろいろな空港に行ったことがあるけれど、本格的に地の物を食べられるところは少ない。なんちゃってラーメン、なんちゃって定食、など、なんちゃってのオンパレードで気絶してしまいたくなるような飲食店は、案外空港に多い。だから、このようにイカした地元の料理が食べられる店はありがたい。表彰したい。そんな気持ちにもなったが、賞状と金メダルを持ち合わせていなかったので、心の中で「感謝」と10回唱えた。

 

 

 

 メニューを見れば分かる通り、白海老は「富山湾の貴婦人」と呼ばれているらしい。俺からすると、海老の類、甲殻類全般はどう見てもグロテスクな容姿だと思う。キン肉マンという漫画の初期でも、海老の怪獣が暴れる場面があったように記憶している。だから、海老に「貴婦人」という称号を与える、そういう行いがドえらいことであることは理解できる。そのくらい、美しくしとやかであるということだろう。海老自体は不細工だけども、敢えてそれを「貴婦人」と呼ぶにふさわしい価値があるということだ。もちろん、海老はメスばかりではないので、中にはオスも混じっているだろう。だけども、そういう意見を押し切っての「貴婦人」なのだ。美味いに決まっている。食べてしまうのももったいないくらいであると、このメニューは俺に告げている。お値段も、なかなか、うっかり注文できない感じだった。

 

 ふと、左側に目を向けると、げんげ干物というメニューがあった。げんげは「幻魚」と書く。富山、新潟、秋田などで食べられている深海魚で、とても美味しいらしい。グーグルで調べてみると詳しく書いてあるページがあった。確かに、見た目は海老の斜め上をいくグロテスクさだと思う。夜中にげんげの干物(生でも可)を持った若者が公園にたむろしていたら、俺は恐ろしくて小便を漏らして気絶してしまうかもしれない。「貴婦人」と比べたら、げんげにはしとやかさが確かにないかもしれない。だからと言って、「富山湾の深海魚」とそのまま書くのはどうなのだろうか。俺がげんげだったら傷つくと思う。「貴婦人」という比喩をあてがわれている白海老に嫉妬すると思う。

 

 普通に暮らしているなかで、この深海魚がっ!とは誰からも言われたくない。深海魚には悪いけれど、俺らが思っているよりも深海は住み心地が良いし、暗い、水圧がしんどい、などという気持ちを深海に住む生物は持っていないかもしれないが、やっぱり深い海の底がもつネガティブなイメージは、否定できない。「富山の深海魚」という言葉が比喩ではなくストレートに魚の説明であることが救いではあるけれど、やっぱり何かしらの比喩、富山湾の「頑張り屋」、「地味だけど良いヤツ」、「隠れ美人」、「眼鏡外すとハンサム」などなんでもいいけれど、とにかく白海老を「貴婦人」と呼んだからには、げんげの呼び名も考えて欲しかった。俺はそんなげんげの悲しみを思いながら、氷見うどんを啜った。揚げられてオバハンみたいになった白海老のかき揚げを食べた。大変に美味だった。美味しんぼ、と書いて、おいしんぼと読みたい、いや、捻くれた俺はびみしんぼと発語してやろう。なぜか、そう思った。

 

 BEATRAM。また呼んで欲しい。富山の昆布〆が好きだ。10月14日。

2012-10-14 1350203460
©2010 Sony Music Entertainment(Japan) Inc. All rights Reserved.