散歩師の悪夢
カテゴリ:日記

 

 散歩が趣味なので、昼間からふらふら歩き回ることが多い。景色を楽しむでもお洒落なカフェを探すのでもなく、都心や大きなショッピングセンターに行くでもなくただ単にふらふらして、お、この道知らんわー曲がったろかしらん、とかいって迷子になったりもする。なんというか、ただ宛てもなく、考え事をしながら歩くのが好きだ。

 

 この日もふらふら歩いていた。公園があったので休憩をしようと思った。のだけど、公園に入っていくと、警察官がなにやらザワザワとしていた。こういう場合、なんか警察いるの嫌だなーと思うのは人として当たり前の心理だと思う。なぜならば、何か面倒な事件などが起きていた場合、これに巻き込まれたりしてしまうからだ。だけれども、もう俺は数十メートルも公園内部に入ってきてしまっているわけで、ここで引き返すと警察官が追いかけてくる可能性があって、そうなるとさらに面倒くさい。なので、そのままなるべく涼しい顔で歩いて行った。

 

 公園奥に進んでいったのはいいけれど、困ったことにこの公園は散歩コースとしては不自然なタイプの、その警察官がいるあたりのベンチに座らないことにはお前なんでこの公園に入ってきたの?という造りだった。俺の想いとしては、このまま通り抜けたい。知らん顔で通り過ぎて、なんか良い感じの蕎麦屋でも見つけて板わさを肴に一杯やって最後は鴨せいろで締めよう、そんなことを思っていたのだけれど、それは無理だと直感した。通り抜けた場合は明らかに不自然で、現場に戻ってきてしまった犯罪者だと勘違いされてしまうかもしれない。そうなると、まずは名前を聞かれて、職業も聞かれる。で、後藤さん?なにやってんの?とぶっきらぼうに質問されるだろう。俺はミュージシャンとか...、と濁す。なんというか、自分が音楽をしていることを職業名で良い表すのが難しいのだ、俺らは。音楽家というにはヘッポコだし、自分で自分のことをアーティストとは言ったりしないし、自由業というと聞こえがいいけれど自由という言葉の響きの不謹慎さが気になる。だからミュージシャンと言うのだけど、横文字への照れもあって「とか」を付けてしまう。警察官は当然、「とか」って何ですか?と食いついてくるだろう。そうしたら、俺はたまに文筆などもしていますと、とっさに答えてしまうと思う。そして、どこで読めますか?と警官に返されて、特に現在は雑誌の連載もないので答えに困窮してWEBサイトのアドレスを教えることになってしまう。そうなると「http://」のコロンの後を説明するのが面倒くさい。コロン、と言っている自分を想像して無性に腹が立った。コロン、の響きが嫌だ。参った。

 

 仕方ないので、ベンチに座った。

 

 目の前では、なにやらひったくりなのか置き引きなのか、人様のモノを盗んで逃げたヤツがいるということで実況見分が行われていた。悪いヤツがいるもんだなー、けしからんなーと思いながら、盗み聞きしていた。会話の中で、どこかのマダムが「だって犬の散歩でもないのに、子供と遊ぶでもないのに、こんな公園入ってくるのおかしいじゃないですか?」と言った。俺はもう、早くこの場を立ち去りたいと思った。何故ならば、そのおかしさを現在俺は目一杯抱えてこの公園のベンチに座っているわけで、警官は幸いにも俺のことを気にしていないが、この話の流れだとアイツおかしいなということになっても仕方ない。その場合は、やっぱり職業を聞かれる。今回は素直にミュージシャンです、と答えよう。でもその場合、本当にそうか?なんていうグループ名だ?と尋ねられるだろう。俺は自分の属しているクソ長いバンド名を伝える。大概の場合、一度では伝わらない、え?アジ?なんですか?となる。で、苦労して伝えたのにも関わらず、知られていないという場合がほとんどだ。マダムたちも知らないだろうから、奥さん方知ってます?と警官がマダムに振って、いえ...と微妙な感じになって、ウソをついているを思われるかもしれない。当然、1曲歌ってみろと言われるだろう。それは困る。アカペラとかで歌って映える感じの曲がない。まあ、俺は仕方なく、一番有名そうなリライトを歌うことになるだろう。Aメロから歌うと間奏があって長いので、サビだけ歌うことになる。消してー、リライトしてー。で、問題はその後で、ここは俺の滑舌が悪くて「くだらナッチョセッソー」と聴こえるらしい。ナッチョーセッソーってなんですか?と聞かれるかもしれない。俺も知らない。正直に滑舌が悪いんで聞き間違えられてるんです、歌詞カード見ろやと思うんですけど、聴いてもらってる立場っていうか、言いづらくて...と答えるしかないのだけれども、そうすると、ご苦労なさってるんですね、本官の若い頃は...と人生相談のようになってしまうかもしれない。俺はここから一刻も早く離れてビールを飲みたいだけで、なんかええ話みたいなのを聞きたいわけではない。本官の若い頃は...から始まる話は、多分死ぬほど長い。参った。

 

 そんなことを考えているうちに実況見分は終わっていた。ぼつねんと、阿呆がひとり。10月6日。

2012-10-06 1349477940
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