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先々週末、静岡で田植えの手伝いをしてきました。
稲苗。こうして見るとキレイだ。誰がこの植物を見つけ、栽培方法を編み出したのか。気が遠くなるほどの昔、農耕によって人類の歴史は一変した、というよりは徐々に変わっていったのだと思う。「農耕なんてやってられるか」という部族もいたのかもしれない。それでも、農耕は現代社会の基礎だと私は思う。地面の所有の上に成り立っている、考え方として。
私が小学生の頃までは手で植えていたような記憶がある。今は機械で植えている。燃料はガソリン。「やってみるか?」と聞かれたが、恐れ多いので遠慮した。ひとの食べるものを植えているということに対する緊張が勝って、とても機械を運転する気分ではなかった。
上手に植わらなかった稲苗はこうして手で植えてあげないといけない。なので田んぼに入る。機械が通った後を人海戦術で整えてゆく。機械が入れない場所なども同じようにひとの手で植える。
今回は植え残した一枚の田んぼだけだったので、8時半に集合して、昼前には作業が終了。
終わった後は、叔母さんの作った手料理を頂いた。小食なのだけど、田植えで腹が減ったのでたらふく食べた。とても美味しかった。
震災の前から、田植えを手伝ってみたいと思っていた。農業に興味があるのは、それが自然と付き合うことに近いように見えて、本当は反自然的な行為だからだ。とても矛盾した行為だと思う。天候や害虫などという自然と向き合わないといけないのは、農業が自然をどこかにどかした場所で成り立つものだからだと思う。都会から見ればとても自然的なものに映るのだけど。
山や林や薮を切り開いて、祖先は自然に食い込んだ。徐々に居場所を広げた。自然から極端に離れた。その成れの果てがビルが林立する大都会でもあり、原子力発電であるかもしれないと私は思う。では、その人間と自然がはじめに接して、対立なのか調和なのか、その大元の場所である農耕を体験したいと思った。そこが私の興味の源泉です。
土地を所有するってことは何なのだろう?いつから、誰のものになったのか。これは国とは何かという疑問にも直結する。どうして土地は相続され続け、それは肯定され続けるのだろうか。いろいろなことを考える。狩猟採集を行い住まいを転々とする暮らしではなく、定住し農耕を選んだのは何故か。そのことが育んだ文明の行き先と行き止まりはどこなのか。希望はあるのか。
地面について考える必要は、震災以降、放射能の問題とあいまって高まっていると思う。それがどういうことなのか考えている。農業をどこかの方向に極めていくことによって、無理なく自然と生きて行く方法が見つかるのではないかと思っている。
(写真撮影:栗原大輔)