山奥の温泉宿
カテゴリ:日記

 

 思えば、正月っていうと俺以外のメンバーは皆休みで、俺だけがスタジオに籠って楽曲制作ということが多かったように思う。今年は割とゆっくりできた正月だった。そして、この週末を使って最後の正月感を味わってやろうかと、俺は温泉宿に出掛けた。

 

 温泉宿に向かう電車の中で携帯が鳴った。温泉宿からの着信だった。電車の中なのでもちろん電話に出るわけにはいかない。数分後に留守電をチェックすると、「迎えに行くので、宿の最寄り駅に着く時間を連絡ください」とのことだった。まあ、最寄り駅に着いてからで大丈夫だろうし駅近くにあるであろう土産屋やまんじゅう屋で時間を潰せば待ち時間も楽しめるなぁ、などと考えて折り返しの電話もしなかった。いちいちどこかの駅のホームに降りて電話するのも面倒だった。

 

 電車は目的の駅に着いた。駅には駅員は誰もおらず、完全なる無人駅だった。そして、改札を出ると何もなかった。店はおろか人の気が全くない。ただ単に、雄大な自然が広がるというよりは目の前にせり上がっていて、時間も夕暮れ時ということでなんだかちょっと怖い。こんなところで放っておかれては熊や野犬に食われてしまうかもしれない、ということで、温泉宿に電話しようとしてみると、携帯電話のディスプレイには圏外の文字がくっきりと映し出され、近くの川に飛び込んでしまいたいという気分になったが、携帯を片手にクルクルと腕を回して電波を探すと一本だけアンテナが点き、消え、点き、というかなり不安定な環境ながら微弱な電波があることが確認された。なので焦って温泉宿に電話しようとすると、偶然にも心配した温泉宿からの着信があり、なんとか迎えに来てもらうことができた。下調べが不十分だったことを反省した。

 

 一帯は、俺が思っていた3倍くらいの秘境だった。周りに何もない。山、森、川、以上。もう温泉だけに集中しやしゃんせ、そういうことを旅客に言うためにここいら一体の温泉はこんこんと湧き出ている、そういう雰囲気だった。俺はビールをひと缶空けてから、大浴場に行き、その後で夕食をとった。まずは飲み物を注文ということで、俺は日本酒を頼むことにした。もらったリストにはいくつかの銘柄が書かれていた。こういう場合、味の分からない俺は銘柄の下に書かれているキャッチフレーズなどを参考に注文することが多い。この日の場合は、「◯◯のシェフが日本で最高級と認めた!」というような文句が書かれていて、脳の回路が単純な俺は、ほうほう、それは美味いに違いない、と注文してしまう。普通の居酒屋で飲む清酒1合の5倍くらいの値段なのだから美味いに違いない、そんなことを直ぐに思ってしまう。一見、贅沢な選択に感じるかもしれないけれど、実は逆で、高いものは美味いに決まっているという考え方そのものは安っぽいというか卑屈なモノの考え方なのだ。大体、別にそこいらのテキトーな酒をキンキンに冷やして持ってきたとしても、味の分からん俺はああ良い酒ですな、よろしいですな、やっぱり違いますねー、などと言って阿呆な顔をして飲むに決まっている。だけどもまあ、なんつうの、せっかくだから、ええ酒飲みたい。飲んだ気になりたい。正月くらい殿様気分もいいじゃん。「フルーティ」とか言いたい。でもお前それ、浅ましいぞ。あ、うるせー。楽しいんだから許せ。そんな問答を心の中で行いながら、セコいのでチビチビと飲んだ。高いので2合目は注文できなかった。

 

 料理も酒もすこぶる美味かった。食事の後は1合しか飲んでないのにへろへろになるほどの眠気に襲われて、布団に入って、屁をこいてから寝た。1月6日。

2013-01-06 1357480200
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